【現代文】読解練習問題/小説 #1

現代文
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大学受験向けの、現代文練習問題です。手持ちのテキストをやり尽くしてしまった方や、とにかく問題演習をこなしたい方におすすめです。

  • ジャンル:小説
  • 難易度:基礎~標準程度
  • 出題形式:選択式、記述式

問題、解答、解説の順に記載しています。

ページの最後に、印刷してすぐに使えるプリント(pdfリンク)があります。

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問題

次の文章を読み、後の問いに答えよ。

夕暮れ時の商店街は、家路を急ぐ人々の自転車のベルや、惣菜屋から漂う油の匂いで満ちていた。大学二年の夏休み、進路へのショウソウカンから逃れるように始めた個別指導塾のアルバイト。週に二回、私が担当しているのは、中学三年生の修平という少年だった。

修平は、お世辞にも「扱いやすい生徒」とは言えなかった。授業中、彼は大抵、シャープペンの芯を不必要にカチカチと鳴らすか、テキストの余白に奇妙な幾何学模様を書き連ねていた。私がいくら因数分解の公式を丁寧に説明しても、「はあ」とか「別に」といった中身のない生返事が返ってくるだけだった。彼の成績は低空飛行を続けており、塾長からは「もう少し熱意を持って指導してくれ」と釘を刺されていた。

私にとって、このアルバイトはジソンシンを保つための拠り所でもあった。地方から上京し、大したサークルにも入らず、講義とアパートを往復するだけの単調な日々。せめて「誰かの先生」である時間だけは、自分が社会に必要とされているような錯覚を抱くことができた。だからこそ、修平のあの、すべてをシャに構えて見つめるような冷めた視線が、自分の無能さを暴かれているようで、たまらなく不快だった。

八月の終わり、模試の結果が返ってきた日だった。修平の数学の偏差値は、前回よりもさらに下がっていた。私は込み上げるイライラを抑えきれず、いつもより強いトーンで彼に言った。
「修平、このままだと志望校、本当に厳しいよ。どうして宿題をやってこなかったの? やる気がないなら、僕も教えようがないよ」

修平は、カチカチと鳴らしていたシャープペンをピタリと止めた。そして、いつもならすぐに逸らす視線を、まっすぐに私に向けてきた。その瞳の奥にある、言葉にならない重苦しい何かに、私は一瞬、息を呑んだ。
「先生には、関係ないじゃん」低く、地を這うような声だった。
「どうせ、バイトでしょ。時間通りにここに座って、テキトーに説明して、お金もらえればそれでいいんでしょ。僕がどこに落ちようが、先生の人生には一ミリも関係ないじゃん」

内側の柔らかい部分を、容赦なく踏みにじられたような衝撃だった。反論の言葉は喉に詰まった。なぜなら、彼の言葉は半分、真実だったからだ。私は修平という一人の人間に向き合っていたのではなく、自分の「有能な指導者でありたい」という肥大した自己愛を、彼に投影していたにすぎなかったのだ。授業終了のチャイムが鳴ると、修平はアイサツもせずにカバンをひったくり、教室を飛び出していった。

それからの数日間、私の心は重い灰色の雲に覆われていた。もう辞めてしまおうか。そんな言い訳が頭をよぎる。しかし、逃げ出すことは、自分の欺瞞を完全に認めることのようで、それもできなかった。

翌週の授業、気まずさを抱えながら教室に入ると、修平はすでに席に座っていた。その背中は、どこかいつもより小さく見えた。私は深く息を吸い、彼の隣に腰掛けた。
「修平、先週は怒鳴ったりして、ごめん」
修平は何も言わず、机の上の消しゴムのカスを指先で集めていた。
「……僕さ、自分が情けないんだよ」
私は、自分が大学生として抱えている、将来への不安や、何者にもなれない焦りを、ぽつりぽつりと話し始めた。生徒に対して講師が個人の弱みを晒すなど、指導法としては失格かもしれない。それでも、虚飾を剥ぎ取った生身の言葉でなければ、彼には届かない気がしたのだ。

話し終えると、長い沈黙が流れた。商店街を走る車の音が、遠くでかすかに響いていた。やがて、修平が小さくため息をつき、カバンから一冊のノートを取り出した。それは、ボロボロになった塾のテキストの解答用ノートだった。

手渡されたノートを開いて、私は目を見開いた。そこには、お世辞にも綺麗とは言えない、しかし筆圧の強い文字で、解き直された数学の計算式が何ページにもわたってびっしりと書き込まれていた。
「……これ、部活が終わったあと、夜中にやってた。でも、どうしても最後の計算が合わなくて。イライラして、先週はあんなこと言った。悪かったと思ってる」
修平は顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。

私は、ノートの余白にある、何度も消しゴムで消された跡を見つめていた。そこには、彼が一人で机に向かい、解けない問題と格闘していた、目に見えない時間が確かに刻まれていた。私は、彼を「やる気のない生徒」と記号化して、その背景にある苦悩を何一つ見ようとしていなかったのだ。

胸の奥がじんわりと熱くなるのと同時に、自分の視野の狭さが恥ずかしかった
「修平、ここ、符号のミスだけだよ。考え方は完全に合ってる」
私が赤ペンで小さく丸をつけると、修平の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

窓の外を見ると、いつの間にか夜の帳が下りていた。私たちは再び、因数分解の海へと漕ぎ出した。劇的に成績が上がる魔法なんてない。それでも、私たちは確かに、同じ波に揺られながら、一歩ずつ前へと進んでいた。

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  • 文中の傍線部A~Dのカタカナを漢字に直しなさい。
  • 傍線部①「内側の柔らかい部分を、容赦なく踏みにじられたような衝撃だった」とあるが、この時の「私」の心理として最も適当なものを次から選びなさい。
    • 修平のために真剣に指導してきた努力が、すべて無駄だったと突きつけられ、深い絶望感を抱いている。
    • アルバイトとしての立場を軽んじられたことに憤慨し、修平に対して激しい怒りを感じている。
    • 自分の存在意義を保つための欺瞞や自己満足を、修平に見透かされて指摘され、激しく動揺している。
    • 修平が志望校に合格できないかもしれないという現実の厳しさに、強い責任と恐怖を感じている。
  • 傍線部Xと最も対比的な意味を持つ語句を次から選びなさい。
    • 虚無
    • 真実
    • 本音
    • 質実
  • 傍線部②について、修平が「先週はあんなこと言った」理由として、最も適当なものを次から選びなさい。
    • 部活動が忙しく、塾の宿題にかける時間が全く確保できなかったことへの、講師に対する八つ当たり。
    • どれだけ努力しても解けない問題に対する苛立ちと、自分の苦労を理解してくれない「私」への反発。
    • 「私」が自分の将来への不安を打ち明けてくれなかったことに対する、寂しさや不信感。
    • 志望校の判定が悪かったことで自暴自棄になり、アルバイト講師である「私」を試そうとしたため。
  • 傍線部③「胸の奥がじんわりと熱くなるのと同時に、自分の視野の狭さが恥ずかしかった」とあるが、ここで「私」が「恥ずかしかった」と感じたのはなぜか。その理由として最も適当なものを次から選びなさい。
    • 修平が夜遅くまで部活動を頑張っていたことを知らずに、勉強ばかりを強要していたから。
    • 修平の努力の形跡を見落とし、彼の表面的な態度だけで「やる気がない」と一方的に決めつけていたから。
    • 指導者としてのプライドにこだわり、修平に対して自分の弱みを正直に話してしまったから。
    • 数学の簡単な符号のミスを、これまで何度も見過ごして指導してきた自分の無能さに気づいたから。
  • 本文における「修平」の心理の変容(変化)を説明したものとして最も適当なものを次から選びなさい。
    • 「私」を単なるアルバイトと侮っていたが、熱心な指導を受けるうちに、次第に心を開いて頼るようになった。
    • 勉強への拒絶感を隠すために冷淡に振る舞っていたが、「私」が弱みを晒してくれたことで、自身の努力と素直な反省を示すようになった。
    • 自分の成績の悪さを講師のせいにしていたが、ノートの解き直しを褒められたことで、急に自信を取り戻した。
    • 「私」に対して常に不満を抱いていたが、自分の苦悩を代弁してもらったことで、講師への尊敬の念を抱くようになった。
  • 本文全体の表現や特徴に関する説明として適当でないものを次から選びなさい。
    • 「シャープペンの芯を不必要にカチカチと鳴らす」という動作の描写によって、修平の焦燥感や不満といった心理が表現されている。
    • 「消しゴムで消された跡」という具体的なモノの描写を通して、修平が見えないところで重ねていた葛藤や努力を浮かび上がらせている。
    • 「因数分解の海へと漕ぎ出した」という比喩表現を用いて、二人が再び共通の課題に向き合い、前進し始めた様子を象徴的に描いている。
    • 第一段落の「夕暮れ時」から、結びの「夜の帳が下りていた」へと時間が経過する描写は、二人の関係が冷え切っていく過程と連動している。
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解答

  • A 焦燥感          B 自尊心           C 斜  D 挨拶
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解説

  • A「焦燥感(しょうそうかん)」は、焦りや不安でイライラし、落ち着かなくなる感覚。B「自尊心(じそんしん)」は、自分の人格や価値を誇りに思う気持ち。C「斜(しゃ)に構える」は、物事に真正面から取り組まず、皮肉やからかいを含む態度で臨むこと。
  • 傍線部直後の「彼の言葉は半分、真実だった」「自分の『有能な指導者でありたい』という肥大した自己愛を、彼に投影していたにすぎなかった」という記述に注目。修平の痛烈な一言によって、自分の内面にある自己満足や欺瞞(都合の良い言い訳)を暴かれ、動揺している様子を的確に捉えているウが正解。
  • 「虚飾(きょしょく)」とは、うわべだけを飾り繕うこと。これと最も対比的な意味を持つのは、飾り気がなく真面目で実質を重んじることを意味する「質実(しつじつ)」であるため、エが正解。「本音」は「建前」、「真実」は「虚偽」の対義語として選ばれることが多く、うわべの「飾り」を否定する文脈では「質実」が最も適当。
  • 修平自身の言葉「部活が終わったあと、夜中にやってた。でも、どうしても最後の計算が合わなくて。イライラして、先週はあんなこと言った」に直接対応する選択肢を選ぶ。努力が空回りする苛立ちと、それを知らずに「やる気がない」と責めてきた「私」への反発を描いたイが正解。
  • 「視野の狭さ」の内容を捉える。直後に「ノートの余白にある、何度も消しゴムで消された跡を見つめていた」「彼を『やる気のない生徒』と記号化して、その背景にある苦悩を何一つ見ようとしていなかった」とある。相手の表面的な生返事や態度だけでレッテルを貼り、その裏の努力を見ようとしなかった自分を省みているイが正解。
  • 修平は当初、斜に構えた態度(生返事や幾何学模様の落書き、暴言)で勉強への苛立ちや防衛本能を隠していた。しかし、「私」が自身の弱み(焦燥感など)を飾らずに打ち明けたことで態度を軟化させ、ボロボロのノートを提示して「悪かったと思ってる」と素直に謝罪・反省している。この変化を正しく説明しているイが正解。
  • 時間の経過(夕暮れ→夜の帳)の描写は、二人が本音でぶつかり合い、わだかまりが解けて「再び因数分解の海へと漕ぎ出した」という、むしろ関係の進展や深まりと連動している。「関係が冷え切っていく過程と連動している」とするエの説明は、文脈の展開と真逆であるため、不適切(正解)となる。
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