大学受験向けの、現代文練習問題です。手持ちのテキストをやり尽くしてしまった方や、とにかく問題演習をこなしたい方におすすめです。
- ジャンル:論説文
- 難易度:基礎~標準程度
- 出題形式:選択式、記述式
問題、解答、解説の順に記載しています。
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問題
次の文章を読み、後の問いに答えよ。
現代社会において、私たちはかつてないほど「身体」という重荷から解放されたように見える。スマートフォンの画面を指先で滑らせるだけで、地球の裏側の人間とリアルタイムで言葉を交わし、仮想空間の中に構築されたアバターを通じて、あたかも別の人間になったかのように振る舞うことができる。情報空間の拡張は、移動のコストや物理的な制約を無効化し、私たちの意識を全能感で満たしている。
しかし、このようにテクノロジーが高度に発達し、生活が便利になればなるほど、私たちの精神がどこか「空虚さ」や「地に足のつかない不安」を抱え込んでいくのはなぜだろうか。哲学者や認知科学者たちが指摘し始めているのは、私たちが効率性と引き換えに、自らの「身体性」を切り捨ててきたことのAヘイガイである。
近代科学は長らく、心と身体を切り離し、心を「上位の司令塔」、身体を「下位の機械」とみなすデカルト的な二元論を前提としてきた。この視点に立てば、人間の本質は脳という情報処理装置にあり、身体はそれを維持するための単なる乗り物にすぎないということになる。近年の生成AIの爆発的な進化は、こうした「脳至上主義」の究極の現れと言えるだろう。大量のテキストデータを学習した人工知能は、人間の知性を模倣し、時には人間以上の論理的思考を展開してみせる。
だが、ここで見落とされている決定的な事実がある。それは、人間の知性というものは、脳だけで完結しているのではなく、常に「外部の環境と相互作用する身体」を媒介にして立ち上がっているという事実である。
認知科学における「身体性認知」の議論が示す通り、私たちは単に脳の中で記号を処理しているわけではない。重力を感じ、空間の広がりを肌で察知し、他者の表情や声のトーンに身体ごと共鳴する。こうしたBドロクサい経験の蓄積こそが、言葉の背後にある「意味」を血の通ったものにしているのだ。例えば、私たちが「重い責任」や「冷たい態度」と言うとき、それは単なる比喩ではなく、私たちの身体が実際に経験した「重さ」や「冷たさ」の感覚と地続きになっている。①身体を失った情報空間の記号は、どこまでいっても文字通りの定義に留まり、その奥行きや陰影を欠くことになる。
バーチャルな世界におけるコミュニケーションを考えてみよう。画面の向こうの相手とテキストや音声でやり取りする際、そこから排除されているのは「間」や「空気感」、あるいは「予期せぬノイズ」である。デジタル通信は、効率的な伝達のために、目的以外の情報を徹底的に割愛する。しかし、人間が他者と真に②共感し、深い信頼関係を築くために必要なのは、むしろその割愛されたノイズの側ではないか。対面での会話において、私たちは相手の視線、呼吸、Cビサイな身振りを無意識のうちに読み取り、自らの身体を相手に同調させている。この身体的同調こそが、コミュニケーションの土台にある「つながり」の実感を生み出すのである。
テクノロジーが提示する「身体のない自由」とは、裏を返せば「傷つかない自由」でもある。現実の身体は、他者と衝突すれば痛むし、老いるし、病む。それは常に不確実で、コントロール不可能なリスクに満ちている。現代社会は、このコントロール不可能な身体を嫌悪し、すべてを予測可能でDセイミツなシステムの中に閉じ込めようとしてきた。スマートフォンの通知に追われ、アルゴリズムが推奨するコンテンツを消費し続ける生活は、一見すると主体的であるようでいて、実際には身体的な感覚を麻痺させ、受動的な快楽に身を委ねるプロセスに他ならない。
私たちは今、もう一度「身体の復権」を試みなければならない段階に来ている。それは、デジタル技術を全面的に否定し、原始的な生活に戻ることを意味しない。テクノロジーの利便性を享受しつつも、自分の身体が発する微細なサインに耳を傾け、自然や他者との物理的な関わりを意図的に確保することである。
知性とは、抽象的な論理パズルを解く能力だけを指すのではない。自らの身体を通じて世界の手触りを感じ取り、その中で他者と共に生きていくためのEカイゴウ的な知恵こそが、これからの時代に求められる真の知性である。道具に使われる存在から、道具を身体の延長として使いこなす主体へ。私たちが「情報という亡霊」から脱し、再びこの現実世界に確かな足場を築くためには、自らの身体という「不自由な相棒」と対話し続けるしかないのだ。
- 文中の傍線部A~Eのカタカナを漢字に直しなさい。
- 傍線部①「身体を失った情報空間の記号は、どこまでいっても文字通りの定義に留まり、その奥行きや陰影を欠くことになる」とあるが、筆者がこのように述べるのはなぜか。その理由として最も適当なものを次から選びなさい。
- デジタル空間における言葉は、常に正しく分類・整理されているため、人間の感情のような複雑なものを表現する余地が残されていないから。
- 人間の知性や言葉の意味は、脳内での情報処理だけでなく、現実世界の環境と関わる身体感覚をベースに形成されているから。
- 生成AIが進化することによって、人間が自らの頭で言葉の定義を考える必要性がなくなり、思考力が衰退してしまうから。
- インターネット上のコミュニケーションは、他者を中傷するような記号に溢れており、精神的なつながりをもたらさないから。
- 文中の傍線部②の語句と、最も近い意味を持つ語句を次から選びなさい。
- 同調
- 妥協
- 傾倒
- 固執
- 本文において、筆者が捉える「現代のテクノロジー社会」の問題点として適当でないものを次から選びなさい。
- 効率性を最優先するあまり、人間の精神的な安定に寄与していた身体性を排除している点。
- 予測可能で不確実性のないシステムを構築することで、人間の身体的な感覚を麻痺させている点。
- 他者との衝突や身体的なリスクを避ける傾向を強め、人間関係を希薄にしている点。
- デジタル機器の過度な利用によって、人間の脳の情報処理能力が著しく低下している点。
- 筆者が述べる「コミュニケーションにおけるノイズ」についての説明として、本文の内容と合致するものを次から選びなさい。
- デジタル通信において通信障害を引き起こす原因であり、可能な限り排除されるべきものである。
- 対面でのやり取りにおいて、視線や呼吸、身振りなど、言葉の正確な伝達を妨げる不要な要素である。
- 効率的な情報伝達の目的からは外れるが、他者と身体的に同調し、信頼関係を築くために不可欠なものである。
- バーチャル空間のアバターを用いることで、完全に制御・再現することが可能になった要素である。
- 筆者は、これからの時代に必要な「真の知性」とはどのようなものだと考えているか。本文の言葉を用いて、四十字以内で説明しなさい。
- 本文全体の主張を踏まえ、筆者が考える「これからの人間とテクノロジーの望ましい関係性」として最も適当なものを次から選びなさい。
- デジタル技術がもたらす「身体のない自由」を歓迎し、脳の機能を拡張することに専念する関係。
- テクノロジーの利便性を活かしつつも、身体的な感覚や現実世界との関わりを保ち、道具を主体的に使いこなす関係。
- 身体を傷つけるリスクのあるバーチャルな世界を一切排除し、原始的で自然豊かな生活へと回帰する関係。
- 人工知能(AI)の判断を絶対的なものとして受け入れ、人間の不確実な身体的判断を最小限に抑える関係。
解答
- A 弊害 B 泥臭 C 微細 D 精密 E 開合
- イ
- ア
- エ
- ウ
- (例)身体を通じて世界の手触りを感じ、他者と共に生きていくための開合的な知恵。(38字)
- イ
解説
- 「開合(かいごう)」とは、開くことと閉じること。転じて、状況に応じて融通無碍に対応する、調和させるという文脈の硬質な語彙。
- 傍線部の直前にある「身体性認知」のくだりを捉える問題。「重さ」や「冷たさ」といった身体経験が言葉の奥行き(意味)を作っているという記述から、イが正解となる。
- 文脈上、②の「共感」は、後ろの段落にある「身体的同調」や「相手に同調させている」という表現と強く結びついているため、アが最適。
- 本文は「脳至上主義」による身体性の切り捨てを問題視しているのであり、脳の情報処理能力そのものが低下しているとは述べていない。よってエが不適切。
- 第6段落の「人間が他者と真に共感し……必要なのは、むしろその割愛されたノイズの側」「身体的同調こそが……つながりの実感を生み出す」という記述と合致する。
- 最終段落の「自らの身体を通じて世界の手触りを感じ取り、その中で他者と共に生きていくための開合的な知恵こそが、これからの時代に求められる真の知性である」から要素を抽出する。
- 第8段落の「デジタル技術を全面的に否定し……を意味しない。テクノロジーの利便性を享受しつつも……」および最終段落の「道具を身体の延長として使いこなす主体へ」という記述を的確にまとめているイが正解。
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