【現代文】読解練習問題/小説 #2

現代文
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大学受験向けの、現代文練習問題です。手持ちのテキストをやり尽くしてしまった方や、とにかく問題演習をこなしたい方におすすめです。

  • ジャンル:小説
  • 難易度:基礎~標準程度
  • 出題形式:選択式、記述式

問題、解答、解説の順に記載しています。

ページの最後に、印刷してすぐに使えるプリント(pdfリンク)があります。

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問題

次の文章を読み、後の問いに答えよ。

五月の風は、まだ少しだけ冬の残り香をんでいる。実家の勝手口を開けると、古い木造家屋特有の、畳と湿気と、それから少し焦げた醤油の匂いが鼻腔をくすぐった。大学の春休みを利用して、東京から二時間半かけて帰省した私を迎えたのは、台所に立つ祖母の、心なしか小さくなった背中だった。

祖母は数年前から、物忘れが目立つようになっていた。同じ話を何度も繰り返すくらいならまだしも、最近では料理の味付けが変わったとか、よく知っているはずの近所の人の名前が出てこないといった報告が、母からの電話を通じて私の元に届いていた。「おばあちゃん、あなたの顔は分かるみたいだけど、時々ね、ちょっと変なのよ」。母のその言葉が、ずっと胸の奥に小さな刺のように引っかかっていた。

「あら、お帰り。遠かったでしょう」
振り返った祖母は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。私の顔を見て、確かに認識しているようだった。私はホッと胸を撫で下ろし、リュックサックを畳の上に置いた。

「ただいま、おばあちゃん。相変わらず元気そうだね」

「元気だけが取り柄だからね。今、お茶を淹れるから待っていなさい」

居間の座卓に座り、祖母が淹れてくれた緑茶をすする。湯気の向こうで、祖母は嬉しそうに私の話を聞いていた。大学での講義のこと、サークルの友人たちのこと、東京の満員電車のスサまじさ。祖母は「へえ、大したもんだねえ」と相槌を打ちながら、何度も頷いていた。そこには何の違和感もなく、私は母の心配が行き過ぎだったのではないかとすら思い始めていた。

しかし、違和感は突然、静かに滑り込んできた。

祖母が立ち上がり、台所の棚から小さなガラス瓶を持ってきた。中には、色とりどりの金平糖が入っている。

「ほら、これ。お前が小さい頃、よく欲しがったでしょう。お祭りの帰りに、いつもこのお菓子を買ってあげたっけね」祖母は懐かしそうに目を細め、瓶を私の前に差し出した。

私は、喉の奥で言葉が凍りつくのを感じた

私は子供の頃、金平糖が苦手だった。あの突き刺さるような人工的な甘さと、口の中でトゲが刺さるような食感がどうしても好きになれず、お祭りで買ってもらっていたのはいつも、型抜きのソース煎餅か、綿菓子だったはずだ。祖母が言っているエピソードは、私の記憶とは明らかに食い違っていた。
「あ、うん……ありがとう」私は曖昧に笑いながら、瓶から一粒の緑色の金平糖を指でつまみ、口に放り込んだ。甘さが広がる。やはり、記憶にある通りの苦手な味だった。
「美味しいかい?」
「うん、美味しいよ」

そう答える私の声は、どこか上擦っていた。祖母の記憶の中で、私は誰と入れ替わっているのだろうか。それとも、単なる勘違いなのだろうか。確かめるのが怖かった。目の前にいる祖母の意識が、自分の知らない見知らぬ場所へとゆっくりと漂流し始めているような、そんな得体の知れない恐怖が押し寄せてきた。

その日の夜、私はかつて自分が使っていた子供部屋の押し入れを整理していた。古い教科書やアルバムが詰まった段ボール箱の底から、一冊の小さなスケッチブックが出てきた。小学生の夏休み、宿題のために描いた絵日記だった。

ページをめくると、ツタナいタッチで描かれた地元の夏祭りの絵が現れた。出店の提灯が赤々と灯り、浴衣を着た私が、誰かの手を握っている。その横には、覚えたてのひらがなで、こう書き残されていた。
『おばあちゃんとおまつりにいった。おばあちゃんが、きんぺいとうをくれた。きれいで、おほしさまみたいだった。もったいなくてたべられないから、たからものにするねといった。』

ハッとして、私は絵を凝視した。

そうだ。私は金平糖が「苦手」だったのではない。むしろ、その逆だったのだ。あまりにも綺麗で、まるでお星様を閉じ込めたようなそのお菓子が愛おしくて、口に入れて溶かしてしまうのが耐えられなかったのだ。だから私は、祖母からもらった金平糖を食べずに、ずっと宝物箱の中に大切にしまっていたのだった。いつしかその「食べない」という行為だけが、長い時間の中で、脳内で「苦手だから食べなかった」という風に、勝手に書き換えられてしまっていたのだ。

間違っていたのは、私の方だった

祖母の記憶は、少しも漂流などしていなかった。彼女は、私が効率性や日常の忙しさの中で綺麗に忘却してしまった、あの真夏の夜のきらめきを、今でも変わらずにその手の中に握りしめていたのだ。

翌朝、台所からトントンと小気味よい包丁の音が聞こえてきた。私は布団から抜け出し、居間へ向かった。座卓の上には、昨日祖母が置いてくれた金平糖の瓶が、朝の光を浴びてキラキラと輝いている。
「おばあちゃん」声をかけると、祖母は味噌汁の味見をしながら振り向いた。
「あら、早いね。朝ご飯、もうすぐできるよ」
「ねえ、おばあちゃん。あの金平糖さ、やっぱりもったいないから、東京のアパートに持って帰って飾ってもいい?」
祖母は一瞬、きょとんとした顔をした。しかし次の瞬間、何年も前のあの夏祭りの夜と全く同じ、慈愛に満ちた確かな目で私を見つめ、小さく笑った。
「おやおや、相変わらず欲張りな子だねえ。いいよ、全部持ってお行き」

五月の風が、開け放たれた窓から吹き込んできた。それはもう、冬の冷たさなどどこにも残っていない、新緑の匂いを運ぶ、暖かな風だった。

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  • 文中の傍線部A~Dのカタカナは漢字で、漢字はひらがなで書きなさい。
  • 傍線部①「私は、喉の奥で言葉が凍りつくのを感じた」とあるが、この時の「私」の心理として最も適当なものを次から選びなさい。
    • 祖母が自分のために用意してくれたお菓子が、実は自分の大嫌いなものだったことに対する落胆。
    • 母から聞いていた通り、祖母の物忘れや記憶の混濁が現実のものとして目の前に現れたことへのショック。
    • 自分の過去の好みを完全に忘れてしまっている祖母に対して、怒りや虚しさをぶつけそうになった焦り。
    • 祖母が自分ではなく、他の孫や親戚の子供と自分を混同しているのではないかという強い嫉妬心。
  • 文中の傍線部X・Yの語句の意味の組み合わせとして最も適当なものを次から選びなさい。
    • X:物事の根本にある真実の姿  Y:他者の幸福を願い憐れむ心
    • X:対象が持つ本来の性質や正体 Y:見返りを求めず深く愛する情
    • X:他人に明かせない秘密の素性 Y:親が我が子を厳しく育てる愛
    • X:言葉では説明ができない様子 Y:弱者を包み込むような広い情け
  • 傍線部②「間違っていたのは、私の方だった」とあるが、何がどのように間違っていたのか。その説明として最も適当なものを次から選びなさい。
    • 祖母の記憶が入れ替わっているのではないかと思っていたが、実際には祖母の認知機能は正常であり、母の言葉を気にしすぎていたという点。
    • 子供の頃にお祭りで買ってもらっていたのはソース煎餅か綿菓子だと思っていたが、実は毎回、金平糖を買ってもらっていたという点。
    • 祖母の記憶が間違っていると疑っていたが、実は自分自身が過去の記憶を都合よく書き換え、大切な思い出を忘れていたという点。
    • 久しぶりに食べた金平糖はやはり苦手な味だと感じたが、日常の忙しさの中で美味しさを忘れてしまっていたという点。
  • 絵日記を見つけた前と後における、金平糖に対する「私」の認識の変化として最も適当なものを次から選びなさい。
    • 【前】人工的な甘さや食感が苦手な食べ物 →【後】口にするのがもったいないほど愛おしい宝物
    • 【前】お祭りの度に買い与えられた嫌な思い出 →【後】祖母の優しさを象徴する懐かしい食べ物
    • 【前】祖母の中で記憶が入れ替わっている証拠 →【後】祖母の記憶を呼び戻す大切なお菓子
    • 【前】東京では見かけることのない珍しいお菓子 →【後】実家に帰るたびに食べたくなる大好物
  • 最終段落の「五月の風が、開け放たれた窓から吹き込んできた。それはもう、冬の冷たさなどどこにも残っていない、新緑の匂いを運ぶ、暖かな風だった」という描写は、物語の結末における「私」のどのような心情や状況を象徴しているか。四十字以内で説明しなさい。
  • 本文全体の表現や構成に関する説明として適当でないものを次から選びなさい。
    • 冒頭の「少し焦げた醤油の匂い」や中盤の「金平糖の味」など、五感(嗅覚・味覚)に訴えかける描写を用いることで、読者に情景を鮮明に想起させている。
    • 母からの電話という「他者の視点」を事前に提示することで、主人公が祖母に対してあらかじめ抱いていた不安や身構えを強調している。
    • 「スケッチブック(絵日記)」という過去の具体的な遺物を登場させることで、主人公の勘違いを一気に解き明かす構成上の転換点にしている。
    • 物語の結末において、主人公は祖母の物忘れが完全に完治し、元のしっかりした祖母に戻ったことを確信して喜びを感じている。
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解答

  • A はら  B 凄  C 拙い  D ちょうちん
  • 祖母への不信や不安が解消され、温かな絆を再確認して心が満たされている心情。(39字)
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解説

  • 省略
  • 祖母から「小さい頃、よく金平糖を欲しがった」と言われた主人公は、自分の記憶(金平糖は苦手だった)との食い違いに直面する。この場面では、第2段落にある母からの「物忘れが目立つ」「時々ちょっと変なのよ」という言葉が現実化し、祖母の意識が遠くへ行ってしまうのではないかという「恐怖」や「ショック」を感じている。したがって、それを的確に表現しているイが正解。
  • X:「得体(えたい)」は、「得体の知れない」という慣用句でよく使われるが、「得体」単体では「(そのものが持つ本来の)正体、性質、心の底」という意味を持つ。アの「根本にある真実の姿」は「本質」などに近く、ウの「秘密の素性」は「素性」そのものの説明、エは「得体の知れない」という形容詞的な意味に引っ張られているため、単体の名詞としての説明としてはイ(対象が持つ本来の性質や正体)が最も適切。
    Y:「慈愛(じあい)」は、「見返りを求めない深い愛情や思いやりの心」のことである。アの「憐れむ(あわれむ)心」は「慈悲」に近く、ウの「厳しく育てる」は「厳愛」などになり、エの「広い情け」は「情け(慈悲・寛大)」に寄っている。イ(見返りを求めず深く愛する情)が、「慈愛」の持つ「無条件で深い愛」を最も的確に表現している。
  • 絵日記を読んだ主人公は、「もったいなくて食べられないから宝物にする」という過去の自分の本心を知る。つまり、「食べなかった」という事実だけを、のちに脳内で「苦手だったから」と誤って書き換えていたのは自分の方だったと気づく。祖母の記憶こそが正しかったと悟る場面であるため、ウが正解。
  • 【発見前】実際に食べた際にも「あの突き刺さるような人工的な甘さと、口の中でトゲが刺さるような食感がどうしても好きになれず」「やはり、記憶にある通りの苦手な味だった」と認識している。
    【発見後】「口に入れて溶かしてしまうのが耐えられなかったのだ。だから私は、祖母からもらった金平糖を食べずに、ずっと宝物箱の中に大切にしまっていた」と本来の価値を思い出す。
    この対比を正確にまとめているアが正解。
  • 小説における天候や風、景色の描写は、登場人物の心理状態を象徴することが多い。冒頭の「冬の残り香(=祖母への不安や不信、どんよりとした空気)」が、結びでは「冬の冷たさはどこにも残っていない暖かな風(=不安が消え去り、祖母との絆を再確認して心が温まった状態)」へと変化している。この心理的充足感を「心の温まり」「絆の再確認」といった言葉を用いて四十字以内でまとめる。
    (別解例:祖母への恐怖や不信感が消え去り、不変の愛情に触れて安堵し、満たされた心情。=37字)
  • 本文では、祖母の「物忘れ(認知の衰え)」そのものが完治したとは一言も書かれていない。あくまで「金平糖の思い出」に関しては祖母の記憶が正しく、主人公との温かな精神的つながりが確認できたという結末である。「物忘れが完全に完治し、元のしっかりした祖母に戻った」とするエは、本文の事実を逸脱した過剰な解釈であるため、不適切(正解)となる。
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